だいにっぽんメモ

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当ブログは筆者が身の回りのことをメモ感覚で書き残していくブログになります。基本的に”自分用”ですが目が寂しいときなどはぜひお立ち寄りください!

「ま」に濁点がつけられない理由

 

疑問に思ったことはないでしょうか。なぜ「ま」には濁点がつかないのか

 

本記事では「ま」に「゛」がつけられない理由、すなわち「ま」を濁音化できない理由についてものすごく簡単に解説していきます。一応真っ先に結論は述べてしまいますが、解説部も10分程度で読み切れると思うので目を通していただけたら幸いです。

 

【目次】

 

 

なお、本記事は日本語学未学習者に向けたより簡素な解説文を作成することに注力したため、学問的被引用を想定した語の厳格な運用を行っておりません。引用される場合はその点を留意していただきますようお願い申し上げます。 

 

1.「ま」は既に濁音!?

「か」や「さ」は濁音化させて「が」「ざ」とできるのになぜ「ま」は濁音化させられないのか。誤解を恐れず大胆に言えば、「ま」をはじめとするマ行の音は既に濁音なのでこれ以上は濁音化のしようがないのです

 

もちろん「ま」が清音(濁点や半濁点のついていない音)であることは間違いありません。「ま」の清濁を問われたら「清音である」と答えるべきですし私もそう答えます。しかし、「ま」を音声学的に検証してみると、そこには濁音的特徴が見て取れるのです。

 

では、その"濁音的特徴"とはいったい何なのか。これには人間が言葉をどのようなメカニズムで発しているかが深く関わってきます。

 

2.言語発声の仕組み

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人間は「声門の状態」「調音場所」「調音方法」の三要素をコントロールすることによって言葉(正確には子音)を発音し分けています。「とある子音については常にこの三要素の在り方が一定である」と言い換えることもできます。分かりづらいと思うので具体例を見てみましょう。

 

(できれば小声ではなく通常の声量で)「ば」と何度か立て続けに発音してみてください。この時、もれなく上下の唇(両唇)一度くっついた後勢いよく離れる(破裂)というプロセスを経て「ば」という音が発せられているということが分かると思います。そのため音声学においてはこの「ば」等のバ行子音にあたる[b]*1両唇破裂音と呼びます。

 

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また、のどの中腹にある声門と呼ばれる空間の狭め具合によっても2種類の子音を発音し分けられる場合があり、同じ両唇破裂音でもバ行子音[b]は声門が狭められる有声音であるのに対してパ行子音[p]は声門の狭めが緩い無声音に分類されます。一般に有声音を発している時はのどが震え、無声音を発している時はのどの震えが小さいと言われますが、母音が全て有声音であるため日本語においてはその差は観察しづらいです。

 

日本語に登場する多くの音が以上のようなメカニズムによって発せられるため、日本語の基本的な子音には必ず"三要素"の情報がくっついています。次章ではその三要素に着目しながら実際に諸清音と諸濁音と「ま」を観察し、「ま」が濁音側であると言える理由を明らかにします。

 

3.音声学的な清濁とは

音声学の視点から子音には「声門の状態」「調音場所」「調音方法」の3つのステータスが与えられます。このうち"清"や"濁"といった感覚に影響を与えているのはどのステータスなのか。実際に清濁の対応がある行の子音を並べて確認してみましょう。

 

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一目瞭然。この表を見ればわかる通り、我々が清音→濁音といった感覚で捉えていた音の変化は無声音→有声音という声門の状態にかかわる変化だったのです。つまり、「か」が「が」になったり「さ」が「ざ」になったりするのは濁音化であると同時に有声音化でもあるわけです。

 

では「ま」も有声化すれば濁音にできるのでしょうか。

 

鋭い方はもうお気づきかもしれませんが、「ま」もといマ行子音[m]は既に有声音なので改めて有声音化(=濁音化)することはできません。これが私が冒頭で乱暴に言い放った「マ行の音は既に濁音である」の真意であり、"濁音的特徴"とは「有声音である」という特徴のことでした。タイトルに対するアンサーとしては「濁音化させられるのは無声音だけなので有声音の「ま」は濁音化させられない」となります。

 

なお、ハ行についてはやや特殊な事情(※分量の都合上割愛)があるため表上での綺麗な対応がなされていませんが、本質的には「清/濁=無声/有声」の例に漏れません。

 

4.まとめ

マ行子音[m]は有声両唇鼻音でありすでに濁音的特徴を備えているため、改めて濁音化することはできないというのが今回のオチでした。他にも濁音化しないナ行やラ行も同じからくりです(それぞれ有声歯茎鼻音[n]有声歯茎はじき音[ɾ])。

 

人間の言語発声のメカニズムを前提知識として要する点で少々遠回りが必要ですが、それさえ習得してしまえば清濁対応の実態それ自体は非常に簡単な仕組みであるとわかるかと思います。というかこれでも音韻と音声の非対応だとか記号論的解釈だとかのややこしめのところをすっ飛ばして近道をしているつもりなのでご勘弁ください…

 

 

【参考文献】

・斎藤純男(2020)『日本語音声学入門【改訂版】』(三省堂,第16刷,初版1997年)

 

*1:[ ]で示されるのはIPAと呼ばれる音声記号。本記事の内容を理解するうえでは単に"ローマ字の子音"程度の認識でひとまず問題ないが、実際には全く違うものであるため注意。