だいにっぽんメモ

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当ブログは筆者が身の回りのことをメモ感覚で書き残していくブログになります。基本的に”自分用”ですが目が寂しいときなどはぜひお立ち寄りください!

ハ行子音の変遷概要

 

ハ行子音は現在の「ha hi fu*1 he ho」という形に至るまでに大きく分けて2度の変化を経ている。「これまでに(現在の形を含め)3つの発音体系が交代しながらハ行音を担ってきた」と言い換えることもできる。1つ目は文献以前の「pa pi pu pe po」、2つ目は上代~中世の「fa fi fu fe fo」、そして3つ目が近世~現代の「ha hi fu he ho」だ。本記事はこの3つの体系の移り変わりをその根拠となる資料を適宜参照しながら簡単にではあるがまとめたものである。

 

◯文献以前(~7世紀ごろ)【pa pi pu pe po】

▷「無声/有声」の対応が「p/b」にある

清/濁の対応は音声学上は無声/有声の対応であることが知られているが(k/g、s/z、t/dなど)、ハ行音に関しては現在のh/b間では対応が見られず、p/b間において対応が見られる。

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▷唇音退化の現状から逆算

唇音退化とは文字通り両唇音が時代を経て消失していく現象のことであり、「か」のkwa→kaや「を」のwo→oといった変化、さらには後に言及する「は」のfa→haといった変化が分かりやすい例。もし、「は」の変遷について唇音退化を考慮して逆算をするとすれば、fa以前はそれよりも更に両唇音的性格の強い音であったと推定されるためpa→fa→haという変遷が予想される。

▷h音のk字での輸入とp音のh字での輸入

文献以前から使用されていた漢字には中国語音hが日本語字kで、中国語音pが日本語字hで輸入された形跡が認められる。上海の「海(ハイ)」は「カイ」という字として、北京の「北(ペ)」は「ホク」という字として輸入された。このことは当時の日本語にh音が存在しなかったという面からもp音説を補強する。

▷諸方言に残るp音

本土方言のh音との音対応が認められるp音が琉球諸方言およびアイヌ語等に見られ、これらは一般的に古い日本語の形が現在まで残っているものとして扱われる。

 

上代~中世(8世紀ごろ~17世紀ごろ)【fa fi fu fe fo】

▷『在唐記』(858年)の記述

円仁の『在唐記』には梵語paという音について「以本郷波字音呼之下字亦然皆加唇音(本郷波字ノ音ヲ以テ之ヲ呼ブ。下ノ字亦タ然リ。皆唇音ヲ加フ。)」(大意で「波という字の音に唇音を加えたものがpaである」となる)とあり、この頃にはすでにp音は失われf音へと変わっていたと考えられる。

▷『なぞだて』(1516年)の記述

『なぞだて』には当時のなぞなぞが多数収録されており、その中のひとつに「はゝには二たびあひたれどもちゝには一どもあはず(母には二度会いたれども父には一度も会わず)」というものがある。このなぞなぞは答えが「くちびる」となっており、「母(fafa)」と発音する際に上下の唇が2回くっつくことにかけたなぞなぞと考えられている。(※画像1最左の2行)

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画像1.『後奈良院御撰何曾』*2(国立公文書館デジタルアーカイブより)

▷『日本大文典』(1604~1608年)の記述

ジョアン・ロドリゲスによって著された『日本大文典』は宣教師のための日本語学書キリシタン資料*3のひとつ。日本語学についての体系的な記述がなされている中でハ行についてその発音が「Fa Fi Fu Fe Fo」と示されている。

 

◯近世以降(18世紀ごろ~)【ha hi fu he ho】

▷『リチャードコックスの日記』(1615~1622年)の記述

『リチャードコックスの日記』にはコックス自身が聞き取った日本語の固有名詞が聞こえたままアルファベットで記述されている。多くのh字についてf音での表記がなされているが、h字をh音で表記した例が「Haconey(箱根)」と「Hammamach(浜松)」の2例確認され、この頃にはf→hへの変化が生じ始めていたことを伺わせる。

▷『蜆縮涼鼓集』(1695年)の記述

同書中の「五韻之圖」および「新撰音韻之圖」には当時の仮名(とりわけ子音)の調音位置*4が示されており、旧来の体系を示したと思われる「五韻之圖」ではハ行は「脣」とされているのに対して、当時の最新の体系を示したと思われる「新撰音韻之圖」ではハ行は「變喉」とされている。このことから18世紀ごろまでにはすでにかなりの程度でハ行音のh化が進行していたと推測される。

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画像2.『仮名文字使蜆縮涼鼓集2巻』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

▷取り残された「ふ(fu)」
なお、「ふ」のみは唇音退化の影響を受けずに上代以来のf音を現在でも残している。表音的性格を帯びるヘボン式ローマ字でハ行が「ha hi fu he ho」と表記されるのはそのためである。

 

◯参考文献

・金田弘,宮腰賢(2017)『国語史要説』(大日本図書,第21刷)

・画像1:https://www.digital.archives.go.jp/item/698746.html

・画像2:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2546007

 

*1:正確には[f]ではなく[ɸ]であるが本記事では便宜上「f」を用いる

*2:『なぞだて』をもとに編纂されたなぞなぞ集

*3:17世紀頃、宣教師によって著された日本語の出版物の総称で、当時の日本語がアルファベット(ローマ字)によって記述されていることから音韻論上重要な位置を占める。

*4:子音は調音位置、調音方法、声門の状態の3つの要素によってその音が決定される。